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173: 本当にあった怖い名無し:2011/03/25(金) 20:46:02.99 ID:Are3xmPG0
(三菱電機長崎製作所鋳物工場の責任者であった父を、兄弟でさがしにいく)
めざす工場まで、あと100メートルというところまでたどりついたところ、
立ちあがった先頭の兄が「ぐっ!」、異様なうめき声をあげて顔をそむけた。
肩越しにのぞくと、10歳前後の男の子が口一杯に白い束をくわえて死んでいる。
それが死んだ体から、一斉にとび出した無数のうじ虫である、と気づくまでには、しばらく時間がかかった。
あとは吐き気をこらえながら、夢中で死体を乗り越えて父の工場にたどりついたのである。
見慣れた父の工場も焼け落ち、赤茶けて、へし曲がったスクラップの山に変わりはてていた。
でも、破れた煉瓦塀越しに、数人の生きた人影を見つけて私たちは、
やっと生きた心地をとりもどしたのだった。
「あのう、山脇ですけど、父はどこでしょうか」、兄がはずんだ声をかけると、
ふり返った人々の中から一人があゆみ寄ってきた。
「やあ、ぼっちゃんたちですね」と答えた声も、期待通り明かるかった。
「お父さんは、あちらですよ。笑っておられますよ」煉瓦や鉄くずを踏み越えて、私たちは指された方へ走った。
しかし、私たちの前に現われたのは、笑ったような表情で死んでいる父の姿であった。
「業火の原爆・屍の山」山脇佳朗 三菱電機労組編「ひしろう」 (「長崎原爆戦災誌 第ニ巻」P204)
187: 本当にあった怖い名無し:2011/03/28(月) 20:01:01.41 ID:HTNd55hY0
»173は続きがあるんだが、笑えるほど悲惨だ。
ちょっと長くなるが、転載したい。山脇佳朗って人は文章もうまいね。素人っぽくない。
その夜、父の遺体は、生き残った人びとの手で荼毘に付された。
火葬場も破壊されて、そうするよりほかに方法はない、とのことだった。
角材を並べた上に寝せられ、その上に焼け残りの
板ぎれがうずたかく積みあげられたのだが、二本の足は不気味に突き出ていた。
薄暗がりの中で火が放たれ、高々と炎がのぼっても、
二本の素足は炎に突き立ったように、くずれようとしなかった。
私たちは、あふれそうになる涙を押さえながら、父の足首をなめていく炎を見つめていた。
遺骨を引きとりに行ったのは翌朝である。
父の身体が目の前で焼かれるのを見た私たちは、
道ばたのどんな死体にも恐怖や気味悪さを感じなくなっていた。
それらは、通行のじゃまになる障害物でしかなかった。
三人ともすっかり無口になり、隣組の人たちのひと言、ひと言がうるさく思えて仕方なかった。
だから、ついてきてあげよう、という申し出も、かたくなに断ったのだ。
兄が骨つぼのはいった風呂敷包みをぶらさげ、私たちは、あとについて黙りこくって歩いていった。
川ばたの細い道も、昨日ほど苦にならなかった。
はちきれそうにふくれあがった死体の鼻や傷口には、無数のはえがたかり、
うじがわきはじめていた。死臭が鼻をついた。
ふと見ると、川ばたの死体の間に、真っ白い紙片が何枚も散らばっていた。
ひろってみると、がり刷りしたアメリカ軍の宣伝ビラである。
「即刻都市より退避せよ、日本国民に告ぐ」という見出しで、へたくそな字が並んでいた。
「紙は上等だな」と兄はいい、それをポケットに押しこんだ。
再び父の工場にたどり着いたとき、私たちは、ぼう然と顔を見合わせた。
父の遺体は手足だけが骨になり、遺体のほとんどが灰にうずもれた
ままだったのである。並べて焼かれたほかの遺体もそうだった。
188: 本当にあった怖い名無し:2011/03/28(月) 20:01:53.42 ID:HTNd55hY0
»187
工場の人たちは、だれひとりきてはいない。
もう一度、火葬をやり直すにしても私たち三人で、どうやってそれができよう。
それに、昨夜の再現はもうご免だ、という気持ちは、兄だって同じのはずであった。
「拾えるやつだけ拾え!」ぼんやり突っ立っている私たちを兄は鋭い声でどなりつけた。
「憤ったってしょうがないじゃないか。ぼくらのせいじゃないよ」、
私はそういいたかったが、黙って灰をかきまわしはじめた。
でも、あるのは、指や手首までの骨にすぎなかった。
しかも、灰をかきまわすにしたがって、父の遺体はあらわに浮かびあがり、拾う骨が
ほとんどなくなるころには、泥人形のような父の胴体が灰にまみれてころがっていた。
「おい、どうしよう、帰ろうか」
その声には、さっきの剣幕などどこにもなかった。たしかに、
骸骨に灰をかぶせたような姿は、生の遺体よりはるかに気味の悪いものであった。
「たったこれだけで・・・あとはどうするの」、私は弱気になった兄をいじめる気で聞いたのではない。
たったひとにぎりの小骨で父を見捨てる気になれなかったのだ。
だが、私のこの言葉がもっと残酷な光景を見せることになってしまった。
しばらく灰まみれの遺体を見おろしていた兄は、もう一度小さな鉄の棒を拾いあげた。
「よし、そんなら、おやじの頭蓋骨でも持って帰るか」、いった勢いにもかかわらず、
手にした棒は、振子よりも軽く遺体の頭にふれただけであった。
ところが、それは意外にも、もろかった。薄い石膏細工を落としたように、
からは二つに割れ白濁した中味が流れ出したのである。
弟が奇妙な声をあげて逃げ出し、私も兄も、それに続いて駈けだした。-
「業火の原爆・屍の山」山脇佳朗 三菱電機労組編「ひしろう」
(「長崎原爆戦災誌 第ニ巻」P204-207)
(Source: blog.livedoor.jp)